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どんな会社なの?

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なぜ親子五代家づくりを続けるのか? 石塚工務店「家づくりの歴史」

家づくりの原点

初代石塚光徳は水海道に名を轟かす馬彫り名人でした。その腕は明治天皇に彫馬を奉献したほどでした。その彫馬を見た明治天皇は「この馬は生きているぞ」とおっしゃったそうです。

二代目 亀作はその父の腕を受け継いだ宮大工。茨城にある由緒ある建造物「菅原天満宮」の建築を手がけるほどでした。

三代目にあたる私の父も大工。こちらも茨城にある徳川家「千姫」の住まいであった建物を建築をするほどの腕前でした。
有限会社石塚工務店 代表取締役 石塚 信広
有限会社石塚工務店
代表取締役 石塚 信広
石塚工務店 家づくりの原点 石塚工務店 家づくりの原点
石塚光徳の彫馬は帝国新聞の一面に掲載されました。 石塚光徳の一生を書き綴った本も出されています。
彫刻家 石塚光徳   沓掛香取神社
彫刻家 石塚光徳として石碑が建てられています。   二代目 石塚亀作が建てた「沓掛香取神社」。
菅原天満宮   菅原天満宮
二代目 石塚亀作が建てた「菅原天満宮」。   菅原天満宮には亀作の名が入った板が飾られています。
父が亡くなって

私の父の代になり、歴史的建造物の大工だけではなく、一般のお客様ともお仕事をさせていただくようになりました。代々受け継がれた大工の血筋で腕が立ち、生粋の職人であった父からは厳しく育てられたものです。


しかし、転換期はある日突然やってきました。私が中学校2年生のとき、いつも元気に働いていた父が突然亡くなったのです。母と私は呆然としました。

「父なしで仕事をしていくことができるのか?」

不安ばかりが先によぎりましたが「このまま伝統ある石塚家の家づくりをここで終わらせるわけにはいかない。」という想いで、母は四代目を継ぎ、私は中学生ながら将来は大工になることを決心し石塚工務店を続けていくことにしました。母が営業として一生懸命取ってきた仕事が形になっていくのを見ながら、早く自分も一人前の大工仕事ができるようになりたいと思ったものです。そんな母の努力の甲斐あり、仕事も軌道に乗り始めました。

仕事が完全に軌道に乗ったところで私が五代目として母の仕事も引き継ぎ、お客様のご要望をお聞きしながら棟梁として現場で仕事をしていました。

それでも家づくりを続けたい

そんな私にも二回目の転機が訪れました。20年間、現場の大工として働いてきましたが、腰を悪くしてしまい、現場に出ることができなくなったのです。大工として働いていたころは、良い住まいを自ら創りお客様にお喜びいただけることが最高の幸せでしたが、それができなくなってしまったのです。

「自分自身で家を創ることができなくなった今、工務店を続ける必要があるのか?」

本当に悩みました。本当に工務店をやめようかと思いました。しかし、やはり代々の大工の血筋、「それでも家づくりを続けたい。」という想いで、家づくりを続けることにしたのです。私自身が家を創ることはできませんが、お客様の本当のご要望をお聞きして、間違えなく形づくることはできます。大工として家を創る喜びからお客様と一緒になって家を創りお客様との関係を創る喜びに変わったのです。

幸いにも私には、気心の知れた腕の立つ職人仲間が大勢いました。今ではその仲間に仕事は任せ、私自身は「住まいのアドバイザー」としてお客様が本当にご満足いただける家づくりのために、お客様のご要望をお聞きしながら家づくりに励んでおります。

おかげ様で、自分で家を創ることがなくなっても「ありがとう。」というお言葉をいただき続けてやってくることができました。

これからも気心の知れた自慢の大工と共にお客様との一生のお付き合いができる家を創り続けていきたいと考えております。

幸福になる心をもってお客様が本当に幸せになる家づくりを続けていきます。

石塚工務店 家づくりの原点
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